タップで読む

華麗に出逢う夜に

華麗に出逢う夜に

時々、ふと思う。

いつの間にか時の流れに自分が置いて行かれていると。

気付けばもう「アラサー」に突入し、20代後半に差し掛かってしまった。

毎朝通勤時に、電車の中でぼんやりと友人たちのSNS投稿を眺めていると、充実した笑顔の写真に、どこか、胸の奥がざわつくような、澱のようなものが積もっていくような、そんな気分になる。

私の毎日は、何の変わり映えもなく、SNSに投稿するようなニュースもハッピーな週末も無く、彼氏も新しい家族もおらず、ただ機械的に毎日を消化するだけだ。

このままで良いのだろうか︙と思いながらも、このぬるま湯のような状態が変に心地良く、新しいことをやろうにもなかなか腰が上がらず、結局惰性で毎日を過ごすばかりだった。

そんなある時、高校生の時からの友人、かおりから連絡があった。

私を連れていきたい所があると言う。

「会員制のカレー屋さんなんだけど、私も大学時代の友達に誘われて行ってみたら楽しくて、しおり、最近おもしろいこと無いって言ってたじゃん?きっと良い刺激がもらえると思うんだけど、一緒に行ってみない?」

そんなメッセージに、私は特に深く考えず「いいね~是非!」と返した。

別に刺激を求めているわけでもないし、そこに言ったからといっておもしろいことと出会える確証も期待も特に無かったが、かおりと一緒に食事に行くような感覚で、二つ返事で誘いに乗った。

実際、そのカレー屋さんでどんな出会いがあるのか、何がおこなわれているのか、そんなことはあまり考えていなかった。

約束の日、それでも少しばかり緊張した気分で、かおりと待ち合わせてカレー屋さんへ向かった。

かおりはお店に着くまでの道中で、そのカレー屋さんの魅力を楽しげに喋ってくれたが、いまひとつピンと来ないまま、お店に到着してしまった。

「まぁ実際、参加するのが説明するよりも早いから、行こっ!」

かおりは、いつにも増してイキイキしているように見えた。

ワクワクが止まらない、といった表情だった。私もこの店を出るころには、同じような表情になっているのだろうか。

お店に足を踏み入れると、すぐに「あ、ここちょっと違う」ということに気付いた。

一般的なレストランや食堂とは雰囲気がまるで違う。

キッチンをぐるっと囲うようにカウンター席だけがあり、独立した席がないため、客同士、そしてスタッフさんとの距離がとても近い。

そう、例えて言うならば、常連さんだけが集まる行きつけのBARのような︙行ったことはないけれど︙テレビドラマなどで目にした記憶を頼りに︙そんな雰囲気だった。

あるいは、寮や、シェアハウスのような︙そんな、空気がひとつになっている印象を受けた。

通常のレストランや食堂は、テーブル、グループごとに空気があり、その空気がそれぞれ独立して同じ空間内に漂っているが、ここは、まるごとひとつの空気を訪れた人全員が共有しているようだった。

かおりは慣れた様子で私を促して、輪の中に入っていった。

そして私を紹介してくれた。思わぬ歓迎モードに、私は思わず尻込みしてしまったが、温かい拍手で迎えられるのは悪い気はしなかった。

カレー屋さんというぐらいなので、当然カレーが運ばれてきて、皆でカレーを食べながら、色々な話を楽しんだ。

カレーは、なかなか拘って作られていて、口に運ぶとスパイシーな香りがフワッと広がり、噛みしめると奥から感じたことの無い複雑なコクが感じられた。

「おいしい︙」

思わず声が漏れる。

すると、カレーを出してくれたスタッフさんが気さくな様子で「隠し味にコーヒーを入れているんですよ」と教えてくれた。

「えっ?コーヒーですか?」

「コクが出るんです」

「チョコレート︙は聞いたことがあったけれど、コーヒーも合うんですね︙!」

これは新発見だった。

「私もやってみようかな︙」

そう呟くと、隣に座っていた男性が「コーヒー、お好きなんですか?」と声をかけてきた。

「あ、はい。そうですね、どちらかというと、コーヒー党かな︙」

「良いですよね、コーヒー。ここの店、食後のコーヒーも美味しいから、是非後で飲んでみてください」

「へぇ~そうなんですね、是非!」

そんな会話を気軽に交わせる不思議な空間だった。

普通のレストランなら、いきなり知らない人に声をかけられたら驚いて怯えて硬くなってしまうことだろう。そうならない、そうさせない、しかし決して馴れ馴れしくなりすぎない、そんな絶妙な距離感が作られていた。

最初のころは、かおりと隣同士で座ってお喋りを楽しんでいたが、かおりの知人が店にやってきて、かおりに紹介されて、かおりはその人との話で盛り上がり︙そのうちに私とかおりはそれぞれ他の客と会話を交わすようになっていった。

私だけが初めて訪れたゲストというわけではなく、私と同じように誰かに連れられて来た人も多く、「初めてですか?私も初めてなんです」といった具合で気さくに話しかけることができた。変な内輪感も無く、しかしよそよそしさも無く、皆が話しかけ、そして話しかけられることを楽しみに感じているようだった。

ここには実に様々な人が集まっていた。

大学生のような若い子から、4~50代ぐらいの「旅人」と名乗る不思議な人まで、年代も職業も色々だった。 主婦として子育てをしながら在宅でハンドメイドの仕事をしている女性や、まだ20代という若さで会社を設立して経営している男の子や、タップダンサーと会社員を両立させているカッコいい人や、若いころ国際協力で世界中を飛び回っていたというお医者さん、役者を目指しながらも「稼げる役者の卵」を実現すべくバリバリ投資をしているという変わった若者︙︙

普通に家と会社を往復しているだけでは絶対に出会わなかったような人たちと、たった一晩でいっきに近しくなり、中には連絡先を交換した人もいた。

人ってこんなに早く仲良くなれるもんなんだな︙と、我ながら驚いた。 きっと、ここの空気感がアットホームで、どこかくつろげるような、心を開けるような、そんな空間だったからだろう。

まるで、どんな具を入れても、どんなスパイスを組み合わせても、美味しいカレーになるような、そんなイメージとリンクするように、ひと癖もふた癖もあるような人が皆仲良く盛り上がっていた。

彼らは、皆自分の人生を楽しみ、自分の人生を誇りに思っていた。

将来の夢や、過去の経験など、語る材料が多いから、話題は尽きなかった。

一方の私はというと、イキイキと語れるような自分の人生が無かったにも関わらず、毎朝SNSを眺めて感じるモヤモヤとしたものは一切無く、心から純粋に彼らの人生に憧れを抱いた。

それは、きっと、彼らの人生の幸せが、必ずしも世間一般的な幸せのイメージ通りとは限らなかったからだろう。

彼らは自分の人生を生きていた。それは決して外面ではなく、自分が楽しむこと、自分が納得することが大切だと分かっている人の生き方だった。

皆は自分の話を魅力的に語るのも上手だったが、人の話を聞き、更に深めることも上手だった。私のことも沢山聞いてくれた。

特に語るような人生を歩んでこなかった私は少し戸惑い「私は特に︙」などと口ごもってしまったが、そこに助け舟を出してくれたのがかおりだった。

「しおりは高校の時からめっちゃ絵のセンスあってさー、よく文化祭の垂れ幕とかポスターとか作ってたよね」と言ってくれたのだ。

そうだった。

思い出した。

私の夢。

小さい頃から絵が好きで、高校生の頃になるとデザインの仕事をしたいと思うようになった。だが、専門学校に行くことよりも大学進学を希望した両親の助言で、私はデザインの道へ進むことをいとも簡単に諦めてしまったのだった。

それでも大学で、サークルのTシャツをデザインしたり、ロゴマークを考えたり、何かと特技を生かして皆に喜んでもらい、嬉しい経験をしたのを思い出した。

かおりの一言で、その場にいた皆が興味を持って色々質問してくれたおかげで、最近の人生よりももっと昔の、輝いていた頃の人生が鮮やかに蘇ってきた。

会社に就職してからは、すっかりデザインからは離れてしまったけれど、またやりたい︙私も、ここにいる人たちみたいに輝きたい︙この数時間で、そんな気持ちにさせられてしまうなんて、誰が予想できたろうか。

素晴らしいひと時だった。

ここに来て良かった。

そう思いながら、食後にコーヒーを注文した。 運ばれてきたコーヒーから漂う香ばしく深みのある香りにしばし酔いしれていると、コーヒーの話題で話しかけてくれた男性が再び話しかけてきた。

「お、頼んだんですね」

「はい、良い香り。カレー食べた後にコーヒーって贅沢ですよね」

「至福の時ですよね。僕も一杯いただこう」

そう言うと、男性も私と同じコーヒーを注文した。

ゆっくりと口に含むと、深煎りコーヒーのどっしりとした苦味が広がり、スパイス色に染まった口の中を一気にコーヒー色に染め上げた。私は苦味が強いコーヒーが好きなので、この味は非常に気に入った。

飲み込むと、後味にはほのかな甘みが感じられ、ほっとリラックスさせてくれた。

ふた口目には、すっかりコーヒー色に染まった口の中に流し込まれたコーヒーは、同じものとは思えないくらいまろやかに優しく広がり、苦味の中にも柔らかさがあり、食後の一服に相応しい美味しさだった。

「う~ん、やっぱり良いですね。美味しい」

隣の男性も幸せそうな笑顔でコーヒーを飲んでいる。

「さっきのデザインの話、すごく興味深かったです」

ふと、彼がそんなことを言い出した。

「自分も、実はWebデザインに興味がありまして、なんか、デザインソフトのこととか、話せる人が見つかったー!って思って嬉しくなりました。あ、これ、自分の名刺なんですけど、良ければまたお話しませんか?」

そう言って名刺を差し出した彼から、それを受取ろうとして、指先が少しぶつかり、図らずもドキッとしてしまった。

久しく男性と親しくしていなかったからか、妙にドキドキしてしまい、その心音を悟られないよう、私も慌てて名刺をカバンから引っ張り出して彼に渡した。

もう閉店だというので、かおりと一緒に店を出たが、かおりは名刺交換をしっかり見ていたらしく「早速出会っちゃったのー?」などとすこぶる楽しそうだった。

「そんなんじゃないよ」

そう言いながらも、何か心が動き始めているような予感に、私は久しぶりに高揚感を覚えた。

駅でかおりと別れて、家へ向かう電車の中、私はまたSNSを開いたが、そこに映し出される友人たちの投稿を見ても、もう澱のような感情が溜まることは無かった。

「私もまだまだ人生これからだよね」

そう心の中でつぶやき、私はSNSを閉じてデザインの通信講座について検索を始めた。

増尾 恵美(ますおえみ)
東京学芸大学音楽科を声楽専攻で卒業ののち、大手音楽教室での指導経験を積み、青年海外協力隊事業に参加。2年間に渡りウズベキスタンの小中学生に音楽を教える。帰国後2015年より、ライティングや楽曲提供等を活動とするフリーランスとして独立。以来、現在までに1800件を超える作品を残し、さまざまな企業や団体の想いを形にするお手伝いをしている。
ものがたり珈琲
Instagram Twitter



左矢印