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君を想う夜に星空を見上げながら

君を想う夜に星空を見上げながら

キミはコーヒーが好き。

私はどちらかというとコーヒーの良さが分からなくて、もっぱら紅茶ばかり飲んでいた。

キミの家に行くと、いつもコーヒーを淹れてくれた。

紅茶派だった私がコーヒーの美味しさに気付いたのは、キミがいつも美味しいコーヒーを淹れてくれたから。

料理は私が担当だった。

キミはいつも恥ずかしそうにうつ向いて「ボクは料理はダメだから︙︙」と言っていたね。

そして私の手料理を本当に美味しそうに食べてくれた。

必ずおかわりをするから、私が「太るよ?」とからかっても「幸せ太りなら良いじゃん」と幸せそうな顔をして笑っていたね。

そうして食事の時間が終わると、食器を手早く片付けてお湯を沸かし始めるんだ。

食事の後は、私はただ座っていれば良かった。

いつもキミが美味しいデザートを買ってきて、それに合うブレンドのコーヒーを淹れてくれたから。

2人で一緒に味わう食後のデザートとコーヒーは格別で、幸せなひと時だった。

毎食後のお決まりの時間で私も少しだけ体重が気になったけれど、”こんな幸せ太りならいいや”と思って体重計に乗ってもふふっと笑ってしまった。

キミはコーヒーに並々ならぬこだわりをもっていて、家には沢山のコーヒーの道具があり、コーヒー豆を買いに行くときにはお店の人の話を熱心に聞いて真剣に豆を選んでいた。

そんな真剣な眼差しが私は好きだった。

「私のことをそんな眼で見つめてくれたことなんてないよね?」

ある日ちょっとふざけてそう言ってみたら、キミは一瞬驚いた顔をして真っ赤になった。

「だって、キミを見つめたら吸い込まれてしまいそうになるから︙︙」

思いがけないその返答に、私まで真っ赤になってしまった。

一緒に街を歩けば必ず、こだわりのコーヒーを淹れるカフェに立ち寄った。

世界中のコーヒー豆を楽しめるカフェでマスターのおすすめを聞き、そのコーヒーを味わうのが私たちのお決まりのデートコースだった。

コーヒーは熱いうちに飲むのと冷めてから飲むのとで風味が変わる、ということもキミから教わった。

私は何でも熱々が好きだから、紅茶にしてもコーヒーにしても冷める前に飲み切っていた。

でも「一杯で二度楽しめる」と、冷めたコーヒーも嬉しそうに味わうキミの姿を見て、冷めても楽しめるコーヒーってすごいなと思った。

それと同時に、自分がせっかちでいつも何かに追われて生きているんだなと、ふと気づかされた。

反対にキミは、時の流れを大切に噛み締めながら生きていた。ゆったり、のんびり。バタバタしたりイライラすることもなく。

きっと、そんなキミだから、いつも一緒にいると心穏やかでいられたんだね。

「同棲しようか」

そんな話をしていた頃だったっけ。

キミは仕事の都合で急遽グアテマラへ行くことになった。いつ日本に戻るかはわからない。

私は一緒にグアテマラに行くか、日本で待つかの選択を迫られた。

ついて行きたい反面、今の仕事にやりがいを感じていて、なかなか決心がつかなかった。

そんな私に、キミは「自分のやりたいことをやってほしい。キミが仕事を存分にやりきるか、ボクが日本に戻るか、どちらが先か分からないけれど、それまでは互いにそれぞれの道を歩もう」と言ってくれた。

大好きな人と離ればなれになること。

自分がやりたい仕事を諦めること。

どちらも苦しかった。

その気持ちを泣きながら伝えると「距離は遠くなってしまうけれど、ボクらは離れ離れになるわけじゃないよ」と言いながら、コーヒーを淹れてくれた。

キミが淹れるコーヒーは、まるで気持ちを見透かされているかのように私の心に寄り添ってくれる。

この時も、静かに温かく私を包み込んでくれた。

「キミの淹れるコーヒーも暫く飲めなくなっちゃうんだね︙︙」

ポツリとそう呟いた。

すると、キミは少し考えてから「じゃあ、ボクがコーヒーの淹れ方を教えるよ。そしたら、遠く離れてもコーヒーを飲めばいつでも繋がっていることを思い出せるよ」と言った。

突然はじまったコーヒー教室。

コーヒー豆については、一緒にお店に通って話を聞いていたから知っていることも多かった。あとはコーヒーの淹れ方さえマスターすれば自分でもコーヒーを楽しめる。

キミが手取り足取り教えてくれるコーヒーの淹れ方はとても分かりやすかったし、ただキミがそばに居てくれるだけで幸せだった。

同時に、このまま時が止まってしまえば良いのに︙︙とも思った。

刻一刻とその時は迫っている。

私がコーヒーの淹れ方をマスターした頃、キミは海を越えてグアテマラへ行ってしまった。

通信技術が発達した現代、思いの外寂しさを感じることはなかった。

私たちは毎日連絡を取り合った。

グアテマラでの生活は毎日が新しいことばかりなようで、キミの話題は尽きなかった。

私の方はというと変わらない日常だったけれど、それでも仕事のことやちょっとした出来事を話した。

忙しい時はメールだけのやり取りになってしまうこともあったけれど、それでも私の心が寂しさでいっぱいになることはなかった。

ただ、空を見上げると、遥か異国の地にいるキミのことが頭に浮かぶ。

毎日連絡を取り合っているというのに、元気でやっているのだろうか、と考えずにはいられない。

そして、どんなに毎日連絡を取り合っても、キミのぬくもりを直接感じることはできないことを実感する。

私は次第に寂しさを感じるようになってきた。

”寂しいよ”

そうメールすると、キミはこんな提案をしてきた。

”じゃあ、今度電話する時にはコーヒーを飲みながら、どう?”

その提案を、私は喜んで受け入れた。

週末、私はコーヒー豆を買いに、よく一緒に通ったカフェを訪れた。

キミが日本を離れてからは足が遠のいていたけれど、マスターが私たちのことを覚えていてくれて、キミがグアテマラにいること、コーヒーの淹れ方をキミに教わったことなんかを話した。

するとマスターはグアテマラ産の豆を使ったブレンドをすすめてくれた。

そう、グアテマラといえばコーヒーの名産地だ。

焙煎もマスターにおまかせし、コクのある深煎りにしてもらった。

グアテマラ産というだけでキミを近くに感じられるそのコーヒー豆を、大事に抱えながら足早に家に帰った。

その夜、キミが教えてくれたとおり、丁寧にコーヒーを淹れる。

香ばしい香りが漂って、一緒に部屋で過ごした時間を思い出し、胸がキューっとなる。

淹れたてのコーヒーを片手に電話をかけると、まるで待ち構えていたかのようにキミは電話に出た。キミもコーヒーを片手に持っていた。

「カフェのマスターにグアテマラ産のコーヒー豆を使ってブレンドしてもらったよ」

そう言うと、キミは嬉しそうに笑った。

「ボクも地元産のコーヒーだ」

同じ時間を共有して、同じようにコーヒーを飲む。

海を越えて遥か遠くにいるキミだけれど、なんだかすぐそばにいるような気がした。

心がじんわりと温かくなってくる。

そして、私たちはコーヒーをひと口飲んだ。

コクのある苦みが広がり、キミを想う切ない気持ちと重なる。そして後を引く甘みはキミへの愛情のように感じる。まるで私の気持ちそのものを代弁してくれるようだった。

いつもは近況報告や仕事の話をすることが多いけれど、この日は二人の思い出話や愛の言葉をたくさん交わした。

長電話はコーヒーを冷ましたが、冷めたコーヒーも味わい深く、私たちはコーヒーと共にに最高に甘いひと時を過ごした。

キミに愛されていると実感して、私は本当に幸せだった。

その日以来、私は毎晩のようにキミを想い星空を見上げながらコーヒーを飲んだ。

ほろ苦さと優しい甘さが、キミへの愛しさを募らせる私の心に寄り添ってくれた。

コーヒーを飲む時には必ずキミのことを想い、日本からグアテマラへ愛を飛ばすのだ。

そして時々、二人コーヒーを片手に電話をする。

そんな日々が続いたある日、キミが一時帰国することになった。

帰国の日、再会が待ち遠しい私は、飛行機が着くよりもかなり早くに空港に着いてしまった。

いよいよその時が迫ってくる。

到着ゲートに見えたキミの姿は少し痩せたように思えたが、人懐っこい笑顔は変わっていなかった。

待ち焦がれていたはずなのになんだかちょっと照れくさい。

けど、変わらないキミの笑顔が私の心を溶かす。キミが隣にいるんだと、確かな温度を感じながら家路に着いた。

久しぶりの食事の時間。キミの好きな料理をたくさん振る舞うと、幸せそうにペロリと平げた。

食事が終わるとキミはおもむろに席を立ち、食器を片付けながら「コーヒー豆はある?」と聞いた。

カフェのマスターがブレンドしてくれたコーヒー豆を渡すと、キミは懐かしい動作でコーヒーを淹れ始めた。

とたんにコーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。毎日飲んでいるコーヒーも、今夜は格別に良い香りのような気がする。

そして二人ソファに座り、淹れたてのコーヒーをひと口飲む。

「︙︙おいしい」

声が揃った。

自分で淹れるよりずっと美味しかった。

素直に「私が淹れるより美味しい」と伝えると、キミは「愛情のエッセンスかな」と冗談ぽく笑った。

本当は、キミの方がコーヒーを淹れるのが上手だからなのかもしれない。

でも、愛情のエッセンスが入っているから美味しいんだと思わずにはいられなかった。

私は「そうだね」と言い、目を閉じてゆっくりとコーヒーを味わった。

キミはまたグアテマラに戻ってしまうけれど、私の心はもう大丈夫だった。

私たちはこうしていつも繋がっている。

コーヒーを片手に星空を見上げれば、いつでもキミをそばに感じられる。

そう思ったものの、今のうちに愛情をチャージしておこうと、キミに思い切り抱き着いた。

著者増尾 恵美(ますおえみ)
東京学芸大学音楽科を声楽専攻で卒業ののち、大手音楽教室での指導経験を積み、青年海外協力隊事業に参加。2年間に渡りウズベキスタンの小中学生に音楽を教える。帰国後2015年より、ライティングや楽曲提供等を活動とするフリーランスとして独立。以来、現在までに1800件を超える作品を残し、さまざまな企業や団体の想いを形にするお手伝いをしている。
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