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思い出のぬくもりに浸る夜に

思い出のぬくもりに浸る夜に

 少し暖かくなってきた3月の夜、シャワーを浴びて少し火照った身体の僕は、部屋の窓を開けて、夜風を浴びながら外を眺めていた。

 日曜の夜11時を回った頃というのもあってか、外の通りを歩く人の姿はほとんど無い。

それでも、先月末にこの部屋に越してきたばかりの僕にとっては、街頭以外に特に明かりもなく、目立つ建物もなく、住宅とオフィスビルが立ち並ぶこの少し寂しい都会の景色がどうにも新鮮で、まだしばらくは毎晩眺めていても飽きそうにもなく、ぼんやりと今日もこうして眺めている。

 大通りから一本入ったところに建っているこのマンションは、築20年の割にはとても綺麗で、その4階にあるこの部屋は、手前に二階建ての家の屋根を見下ろし、そのすぐ向こうに大通りを望むことができる大きめの窓を有している。

夜遅く風呂上がりにその窓を開けると、少し遠くから微かに聴こえてくる街の喧騒が、実家暮らしが長かった僕が抱えるまだ慣れない一人暮らし特有の孤独感を和らげてくれている気もして、こうして窓を開けて身体を涼めるのがここ最近の僕のルーティーンになっている。

 しばらくして、新品同様で特にまだ生活感のないテーブルの上にぽつんと置いてあった携帯が振動した。

 腰掛けていた窓際の椅子から立ち上がり、少し伸びをしてから携帯を手に取り、何の通知かを確認すると、中高の頃からの親友のアイコンと共に「必聴」というメッセージが画面に小さく表示されていた。

 ここ最近そいつとは、互いに音楽好きというのもあって、良いなと思う曲やアーティストを見つける度に「良い」とか「やばい」とか、そういう類の雑なコメントと共にその曲のURLを送りつけるのが習慣化していて、「今日もまたなんか曲を送ってきたんかな」と思いながらその通知を開いた。

 すると案の定、「必聴」の一言と共に、タップすれば曲が聴けるのであろう少し長めのURLも送られてきていた。

 メッセージに添えられたURLが誰の何の曲なのかは、URLをタップせずとも大抵の場合は小さくそのURLの下に表示されていて、今回も例外ではなく、小さくCDのジャケット画像と共に「I Still.../Backstreet boys」という文字が表示されていた。

 それを読んですぐ、僕は思わずニヤけた。

なぜならこの曲は、中学3年生の文化祭で僕が監督を務め、親友であるそいつがナレーション、家臣A、家臣B、村人A、黒子などの脇役計八役を一人でこなし、そのドタバタ具合と持ち前の愛嬌、そしてユーモアでもって毎回観客の笑いをかっさらい、大盛況で終えた演劇の、各回公演のエンディングを飾る曲として僕が選んだ一曲だった。

 その曲を、今日このタイミングで送ってきたのは偶然その曲をどこかで耳にしたからなのか、はたまた引越して間もない僕を思いやり、思い出の暖かさでもって新居での寂しさを紛らわそうとのことなのか、どういうつもりなのか気になったが、特にメッセージを返すことなく、とりあえずその曲をそのまま携帯のスピーカーで流し始めた。

 前奏が流れてすぐ、あまりの懐かしさに「うおぉ」と一人、部屋で声を漏らし、笑う。

 ふと、部屋の隅の、荷ほどきが途中のままの段ボールに目をやる。

「そういえば、確かに持ってきた気がするぞ」と途端にある物のことを思い出し、立ち上がり、段ボールの元へ行き、中のものを床に広げていく。

「あった」

 当時、文化祭当日へ向けての日々を経て、ボロボロになるほど幾度となく読み返し、色んなことを書き込んだ演劇の台本を、実家から引越しの段ボールに僕はしっかりと詰めて、持ってきていた。

 きっと当時、丸めては開いてを繰り返していたのだろう、くるっと丸く曲がった黄色い表紙、そこに書かれた「中学3年B組」の文字。

 実家で引越しの準備をせっせとしていた時は余裕がなくて、ただ無心で「必要だ」と思うものを段ボールに詰め込んでいたから、こうしてゆっくり手に取り、まじまじと眺めるのはもう本当に中学3年生以来なんじゃないだろうか︙。

 そんなことを思いながらその台本をパラパラ捲っているとやがて、最後の方のあるページで、監督の欄に自分の名前を見つける。そのページの末尾では、色んな役名が並んだ横に親友の名前も見つけて、相変わらず静かな部屋の片隅で一人、ニヤニヤする。

 親友から送られてきて流し始めた曲は、気づけばもう最後の大サビを迎えていた。

 ちょうどこの最後の盛り上がりに合わせて、「整列!ありがとうございました!」と監督である自分が号令をかけて劇のスタッフ全員と手を取り合い、観客へお辞儀をしていたなんてことも思い出す。ニヤついていた顔が、満面の笑みになり、なんだか気持ちがより一層暖かくなるのを感じて、台本を見ていた顔を上げる。

 すると、さっき段ボールから無心で床に広げたままになっていた、色んな思い出の品たちに囲まれている自分にふと気が付く。

 子供の頃に父に連れられていった仕事場で出会った憧れのミュージシャンとのツーショット写真や、ハワイへの家族旅行で買った大きめのサングラス、高校時代の部活の集合写真、後輩たちからの寄せ描きが書かれたバスケットボール、大学時代の親友たちと共に旅したスペインで買ったショットグラスたち、そしてこの、ボロボロの黄色い台本。

「思い出ってさ、過去の自分が未来の、今の自分へ送ってくれた、励ましとか応援の手紙みたいに思えることってあるやんね」

 そんなことをいつかその親友が言っていたのをふいに思い出す。

 その時は「またお前はそんなロマンチックなこと言って」と茶化したけれど、まさに確かに、思い出たちに暖かく包まれて、新居での、新天地での孤独を癒されている自分が今ここにいて、その言葉に納得せざるを得ないのが妙に悔しい。

 しかもそれが見事に、偶然にせよ意図したにせよ、そいつが送ってきた曲きっかけというのも気に食わない。

 いや、そう思うとやはり、あの曲を送ってきたのはあいつなりの僕への思いやりなのかもしれない。

「まぁ、次会った時に聞けばいいや」

 床に散らばった思い出たちを一つずつ大切に拾い上げて、新しい部屋の中に散りばめていきながら、その都度それぞれの思い出に紐づいた曲を流してはニヤニヤしたり声を上げて笑ったりしてを繰り返していたら、気づけばあっという間に時計の針は0時を回っていた。

「あぁ楽しかった」

 そう思いながら歯を磨き、窓を閉め、そろそろ寝ようとしていると、またしてもテーブルの上の携帯が震え、あいつからのメッセージが来たことを知らせる。

「まだ何も返信してないけど、なんだろう」

 そう思いながらメッセージを開くと、「そういえば、俺が使ってるのと全く同じコーヒー器具のセットと、最近淹れて飲んで美味しかったコーヒー豆、買ってお前んちに送っといたから」

 思わず「え」と声が漏れる。

「コーヒー普通に外では飲むけど、自分で淹れたことない」

 そう即座に返信する。

 するとすぐ、「いや、俺が遊びに行った時に淹れる用」と返ってきて、思わず笑う。

相変わらず、マイペースというか自分勝手というか、良いやつには違いないけれど、「ふざけてんなぁ」と思いつつ、「よくわからないけど、ありがとうと言っておく」と打って送り、部屋の電気を消して眠りについた。

 数日後、本当にコーヒー器具と豆が届き、開けても自分じゃ使い方もわからないからと台所の上の棚に、届いた箱そのままの状態で仕舞う。

 その日の午後、親友からメッセージが届く。

「届いた?」

「あぁ、来たけど使い方わからんから段ボールのまま棚に閉まった」

「お、じゃあ今日か明日夜、仕事終わったら行ってええ?」

「今日で大丈夫だけど、帰れよ?俺明日朝早いんだよ」

「おけおけ。コーヒー淹れて良い音楽聴いて、終電で帰るわい」

「じゃあ着く時間わかったら教えて」

「おけい」

 なんだかこいつとの関係性は不思議だなと思うことが時々ある。

 親友であることに変わりはないが、大学時代はお互い全く連絡も取らなかったし、別に今は同じ会社でも同じような仕事をしているわけでもないのに、毎日のように「あの曲がどうだ」とか「あの映画がどうだ」とかに始まり、果ては「今の社会がどうだ」「世界がどうだ」まで延々に語り合ったり。

 まぁ、親友ってそういうもんかとも毎回思うけれど、人の新居にコーヒーセットを送りつけ、コーヒーを淹れに来る親友というのはやっぱりよくわからんなと思う。

 ただ、いずれにせよ、気心しれたやつと飲むコーヒーというのが不味いはずもなく、尚且つその時間は、数多の思い出たちと過ごす暖かい時間であることも間違いない。

 そしてそれは同時に、これから始まる季節と共に、様々な物事が移り変わっていく日々へと向かっていく中において実はとても大切な、変わることのない暖かさでもあるのだと思う。

 そんな、かけがえのない思い出たちのぬくもりに浸りながら、過去の自分が見つけた幸せたち、美しい光景たちを時折手紙のように読み返しながら見返しながら、僕は新しい日々へと向かっていく。

 友の淹れるコーヒーの温かさと共に、窓の外から聴こえる喧騒と共に、夜の向こうへと、向かっていく。

小山 将平
未来の自分に手紙が送れるWEBサービス『TOMOSHIBI POST』やレターセット『TOMOSHIBI LETTER』、東京・蔵前『自由丁』を手掛ける。自由丁のコンテンツとしてエッセイ『今朝の落書き』を毎日執筆中。合わせて、新しい書店の形を模索する『繋がる本棚』プロジェクトや、2019年には若手アーティストの支援を行うアルテル(株)も創業。エンジニア起業家養成スクールG's ACADEMYのクレド英訳をはじめ、言語化や小説・エッセイの執筆などのクライアントワークにも取り組み、文化、言葉にまつわる企画を中心に、活躍の場を広げている。
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