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懐かしい思い出を手紙にのせて

懐かしい思い出を手紙にのせて

「新婦が一言も喋らないのは︙︙。それに、やっぱりご両親も喜ばれますよ」

結婚式場で困った顔しながら言うプランナーの言葉は、チクリと私に突き刺さって、そのまま喉の奥に居座っている。

別に家族の仲は良い方だ。

勤勉で無口な父と、ちょっと心配性の明るい母、甘え上手の妹。完璧とは言わないけれど、悪くない家庭だと思う。

その家族の中で、ずっと私は“お姉ちゃん”だった。

妹の面倒もみて、まあまあの大学に進学し、そこそこの会社に勤めて、まあ割と頑張ってきた。

だから、手紙だって書こうと思えば書けるだろう。

ただ、結婚式のイメージが自分の中でできあがってしまったのかもしれない。一生に一度の舞台といわれるこの期に及んで、まあまあの出来栄えを目指し“いい子”に振舞うのはなんとなく違う気がしたのだ。

プランナーとの打ち合わせを濁して、住み慣れた自分の家へ帰る。

仕事で昇進した時に決めた、環状線沿いの駅から徒歩15分の家。私のお気に入りを詰め込んだ場所。

オートロックの綺麗な玄関を開けると、一人暮らしに丁度いいIHのキッチンがある。その奥はリビングで、女性らしくない紺色のカーテンと、人をダメにするソファーが待っている。この家も、週末にはでていく。

次の家は、彼と私の職場のちょうど中間にあって、少し広めの2LDK。お洒落なカウンターキッチンがある。

「そろそろ引っ越しの準備をしないと」

ソファーにもたれながら、なんとなく呟く。夜になれば、仕事を終えた彼が手伝いにきてくれるらしい。少しだけ休憩したら先に片付けを始めよう。そう思いながら私は瞼を閉じた。

ガサガサと段ボールを広げる音がする。

「あ、起こしちゃった?」

聞きなれた声に首をあげると、婚約者の彼が食器類を梱包していた。

彼と私の出会いは親戚に半ば無理やりに決められたお見合い。

穏やかで堅実な彼は私にとって願ってもない相手だった。あまりにも非の打ち所がない人だったから、途中まで親戚からの圧力に負けて話を合わせているのかと思っていた。

でも、何かの折に聞いてみたら“そんなこと考えてもなかった”とあっけらかんと返事をされた。

そういう自分とは違う感覚が面白くて、話をするうちにあっという間に時間が経ち、とんとん拍子に結婚が決まった。

「休憩していただけだから、起きれてよかったよ」

ソファーから起き上がり、身体を伸ばす。腰や肩が少しだけきしんだ気がした。

「結婚式の打ち合わせ、大変だった? 本当は有休をとって一緒に行ければよかったんだけど」

新婚旅行分を先に申請しちゃったからね、と笑う彼に少しだけ心が柔らかくなる。

「大変ではないよ。確認ばっかり。ただ、花嫁からの手紙はやろうって言われちゃったけど」

「やりたくないんだっけ?」

「︙︙なんか、テンプレって感じがしてね。喜ぶっていうけど、連絡は普段からしてるし」

まるで、子どもみたいな我が儘だ。両親への手紙なんてサクッと書いてしまえばいい。招待客や内装、ドレス、席の割り振り。決めなきゃいけないことはたくさんあるのだから。

考え込みそうになった私は「仕事終わりならお腹が空いているんじゃない? 夜ご飯はどうしようか」と話を切り上げた。

「とりあえず、コーヒーを淹れようかなと思っていたんだよね。借りてもいい?」

彼はキッチンへ向かい、慣れた手つきで準備をして、お湯を注ぐ。香ばしい香りが広がり、目が覚めていく。ナッツを使っているとかなんとか、少し前に教えてくれたっけ。

自分ひとりだと、せいぜいコンビニのカフェラテを出勤前に買う程度。だから彼が丁寧に淹れる様子を眺めていると、まるで見慣れた我が家が純喫茶になった気がして、いい趣味だなと思った。

「手紙というか、文章ってやりすごせないよね」

ポトリと雫がマグカップの中に落ちていく。突然の言葉に視線をあげる。

「書いている間に何度も読み返すから嘘があると気持ち悪いし、かといって沈黙を言葉にするって難しいし」

真っ黒なコーヒーが入ったマグカップがふたつ。

差し出された方にはミルクが入っている。柔らかいベージュの色合いだ。

「いっそのこと、言いたいことを全部言っちゃうのもアリだと思うよ。ぐちゃぐちゃにするのもそれはそれで面白いかも」

ぐちゃぐちゃって︙︙、自分たちの式なのにまるで“壊してやろう”と言わんばかりの誘い文句だ。

手渡されたコーヒーを一口飲むと、黒糖のまろやかな甘さが広がる。ぐるぐると思い悩んでいた気持ちがほぐれていく。鼻にかかった小さな笑い声が自分からもれて驚いた。

「いくら両親のためって言っても主役は君と僕だからね。しっかり者同士、少しふざけたってどうにかなるよ」

——しっかり者同士。

そういえば、一番はじめに彼に興味をもったのは、長男長女という共通点からだった。

昔、兄や姉というのは最も早く与えられる“役職”という本を読んだ。

その本によると、兄や姉には名前と一緒にちょっとした役割があって、家族間ではずっと続く。確かに、お兄ちゃんはしっかりと、お姉ちゃんは優しくと何度となく言われてきた。そのうち、家族間での呼び名も“お姉ちゃん”になっていく。まるで部長や課長といった具合に。

ただ、生きているうちに家族以外の関わりは増えていく。実際は兄や姉であっても、社会では妹キャラを楽しむ人もいる。その本の主張は、なりたい自分と今の自分にギャップがあるなら叶える努力をしようというもので、当時は妙に納得した。

今、彼が提案してくれたのはそれとも違う考え方だ。

むしろ、しっかりと姉をやってきた自分を肯定するもの。

言われてみれば、しっかり者の自分が嫌なわけじゃない。

嫌じゃないからこそ、適当にやるのも誤魔化したくなかったのだ。

良くも悪くも、手紙というのは形に残る。スマートフォンをいじれば簡単に言葉を送信できる今、あえて残る形で伝える気持ちを、適当に選ぶのが気持ち悪かったのだ。

自覚すると、“あえて書く必要もないのに”、“変なことを伝えてしまったらどうしよう”、なんて不安も湧き上がるし、もうそれなら書かない方がマシな気がしたのだ。

けれど、もしかしたら彼の言うように“しっかり者同士の自分たちなら大丈夫”なのかもしれない。

そんな風に肯定できたら、家族と繋がれるだけでなく私自身のことももっと好きになれるかもしれない。

「良い考え方だね」

なんだか憑き物が落ちたような気がして、顔をあげて伝える。

彼はコーヒーを飲みながら「それはよかった」と短く答えた。

「少しプログラムに時間を作ってもらいたいんです」

あれから数日後。私は、式の打ち合わせである案をプランナーに伝えた。

「ご家族への手紙と︙︙、それから新婦から新郎へのお手紙ですか? 素敵ですね」

帰ったら、あのコーヒーを淹れて、手紙を書こう。

家族との記憶は特別なものではないし、遠い昔のことすぎてセピア色だ。けれど、今だからこそ言える正直な感謝の気持ちを書いてみよう。父や母、妹がどんな反応をするか見てやろう。

それから、これから夫になるあの人へ。

ぐちゃぐちゃもアリだと言ってくれるなら、いつでも余裕そうなあの人が慌てるところを見てみたい。

いつか、こうやって手紙を書いたことも懐かしくなるんだろうか。そう思うとなんだか楽しみで仕方がない。

きっと、少し勇気ときっかけが必要だっただけ。案外、手紙を書きたいほど大切な関係は近くにたくさんあるかもしれない。

著者中馬さりの
旅暮らしの物書き。1992年、東京生まれ。文化女子大学服装学部を卒業しアパレルメーカーに勤務後、執筆活動で独立。現在はひとり旅暮らしをしながらWebサイトやYouTubeチャンネルの運営、執筆活動を行う。
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