タップで読む

誰かのために、を日常に。

誰かのために、を日常に。

紙でできたストロー、有料になったコンビニのレジ袋、広告で見かける廃棄物からつくったスニーカー。

エコ、エシカル、サステナブル、ソーシャルグッドなプロダクト。

最近身近でもよく聞くようになった言葉たち取り組みたち。けれども「社会に良い」の周りはどうしてもカタカナばかりが元気に踊っているように見えて、興味も関心もあるし大事なことだとも思っているけど、なかなか仲良くなりきれない。

「ソーシャル」の中に日々生きているはずなのに、私の日常もその言葉の中にあるはずなのに、「ソーシャルグッド」という言葉の実態はいつまでたっても私には掴めないでいる。

日々忙しなく、余裕のある時だけちょっと社会を環境を気にして買い物をしたりはするものの、私のこの一回の選択が果たして「社会」とか「環境」を本当に良くしているのかと問われたら、「わからない」が正直本音だ。

そんな私の暮らす街の近くに、「利用するだけで貢献できる複合施設」なんて場所ができたらしい。

なんじゃそりゃ、と思いつつも、そこで過ごしてみたらもしかするとこの、もう長い間抱えたままで、そこに在るのが当たり前になってしまった心のモヤモヤも、ちょっとは晴れるかもしれない。

そう思い立ち、平日の仕事終わりの帰宅途中にスマホで検索し、出てきたサイトから一泊分の予約をした。

休日の朝、いつもより少し遅めのアラームで起きる。寝ぼけ眼で洗面台へと向かい、歯を磨く。それから普段より長めに、丁寧に、シャワーを浴びて今週の疲れを流す。

一泊分の着替えをリュックに詰めて、家を出る。

最寄りはJR中央線の浅草橋か秋葉原、それか都営地下鉄の、そういえばこないだ会った友達が「最近面白くなってきたよ」と言っていた蔵前という駅。

蔵前が気になりつつ少し迷って、乗り換えが少なく済む浅草橋から歩くことにして電車に乗る。

浅草橋駅で降り、小さな居酒屋や雑貨屋さん、マンションの合間に問屋さんが立ち並ぶ、都心というよりも下町という言葉の方が似合う路地をゆっくりと歩いていく。

暫くすると、赤いタイルの建物に大きい金属扉の入り口が一つの、格好良い目的地が路地の中に現れた。

扉を開けるとチェックインカウンター、と右手奥にはラウンジだろうか。美味しそうな食べ物やコーヒーを飲む人たちがくつろいでいるのが見えた。

「おしゃれだ︙」

内心そう思いつつ、受付スタッフの話に耳を傾ける。

アメニティは「日常でできる社会貢献」をテーマに必要最低限のものだけが置かれていて、シャンプーやコンディショナー、ボディソープも宿泊時に使う分だけ自分で取りに行くリフィルステーションなるものがあったり、館内で使ってる家具や資材も再利用材や自然素材が中心なんだとか。

無理なく意識せずとも、ここで過ごすことは、自然と社会のために、誰かのためになるのだと、受付の人の優しい声が私に響く。

早速少し、胸のあたりにあったモヤモヤがどこかへいって、心が軽くなった気がした。

なんとなく軽くなった気のする心のままチェックインを終え、客室階へと向かう。

受付でもらったショップカードはどうやら布の端切れを使ったものらしく、触り心地がよくて無意識に何度も撫でてしまう。もしかしてこれも本当は捨てられる予定だった布とかだろうか。優しい肌触りが指先を伝って私の心を解していく。

客室はシンプルで綺麗な、和というよりはちょっと洋。だけど畳もあってちゃんと落ち着く。素直に、良い部屋だなと思った。

折角だから、まだ少し明るいうちに辺りを散歩したいなと思い、少し軽くなった心に合わせるように荷物を部屋に置き、身軽になって外に出る。

路地裏を巡りながら、静かに夕焼けへと向かう街を歩きながら、受付で優しい声に乗って届いた言葉たちを思い出しながら、改めて考え始める。

「もしかして私がずっと求めていたのは、気を使ったり意識してするんじゃなくて、日々の中で自然体で、気負うことなく社会に貢献すること、ソーシャルグッドを体験することだったのかも︙」

歩くリズムに合わせて軽い気持ちと共に内心呟く。ポッケの中で優しい端切れが私の散歩に合わせて小さくリズムを刻む。

「そう思うと私、ちょっと特別で、なんだか自分から少し遠くにある厳かなものとして、ソーシャルグッドや社会貢献、エシカルとかサステナブルとかいう言葉たちをずっと捉えていたのかもしれないな︙そりゃあよくわかんないよね、てかよく見えないよね、遠くにあるんだもん」

いつもと違う景色に刺激を受けながら、散歩によって心地よく巡る思考の中で言葉が続く。ついさっき響いた優しい声の言葉の余韻が、段々と肩の力を抜いていく。

エシカルとか、ソーシャルグッドとか、環境に優しいとかそういう、教科書や記事に書いてあるような言葉たちそのものではなく、何の気なしに触れていたり、目にするもの使う物が、資源の節約や再利用に実は繋がっていたり。そうやってちゃんと「日常の中で」身近なところでソーシャルにグッドなんだと実感すること。誰かへと繋がっているんだと自然と体感できること。

カタカナ言葉だけじゃわからなくなってしまいがちな、けれどこれからの地球にとって社会にとって大切なことたち。ソーシャルグッドはきっと、たまにする買い物や、余裕のある時に意識してするような、日常から少し遠くにある言葉じゃなくて、日常の中で、なんとなく、けれど日々気軽にできる社会を良くすることにこそ似合う言葉なんじゃないか。

そんなことをぐるぐる考えながら浅草橋、秋葉原とのんびり歩き回って、気づけばあっという間に夜へと辿り着いていた。

そろそろ帰ろうと思いつつ、通りすがった青いタイルの外観が可愛いカフェが気になって、「はじめまして」と店主と少し話して、記念にと思いコーヒー豆を買って店を出る。きっと地元の人たちにとって、あのお店、というかあの人は、きっと心地の良い憩いの場になっているんだろうなぁ。あれ、これもきっと、社会に良いこと。ソーシャルにグッドなことじゃん︙!とひとり内心ハッとする。

高架下の喧騒を傍目に歩き、赤いタイルと大きな金属製の扉に帰りつき、一階でご飯をテイクアウトで注文する。

環境に配慮された梱包材と、新鮮な食材で作られたキヌアとビーツのサラダを頬張りながら、心地よい足の疲労感と散歩で豊かに蓄えた思考たちを思い起こす。

食べ終わったら共有のキッチンでお湯を沸かして、散歩途中で立ち寄ったカフェで買った珈琲を淹れようかな。

味はなるべく落ち着いた、驚きはないけれどリラックスできる、日常的な珈琲がいいな。それこそ、特別じゃない、日常の中で気負わず、自然体で取り組む「社会のために」「誰かのために」が似合うような。

ゆっくり飲んで、その後にシャワーを浴びよう。

その前に、使う分だけのシャンプーやボディーソープを取りにいこう。

ずっと心の片隅に置き去りになっていたモヤモヤを、やっと綺麗に流してしまえそうだ。なんて小説の主人公みたいなことを内心思って、ひとりで笑いそうになるのを誤魔化しがてら少し慌てて席を立つ。

立ち上がったついでにテーブルを見下ろすと、社会貢献から珈琲とかシャワーとかシャンプーのことを考えながらも、あっという間に手元のサラダを食べ終えていたことにようやく気付く。「どんだけ考え事に夢中で食べてたんだ私」とおかしくなってまた少し笑いそうになる。

笑いをぐっと堪えて、ちょっとだけニヤッとした私に落ち着けと言わんばかりに心の中で私が言う。

「ふぅ、よし、珈琲を、飲もう」

きっと「誰かのために」が当たり前にある日常は、回り回ってやがて私のためにもなるのだろうなとか、珈琲へと思考を上手く切り替えられずにぼんやりと考えながら、まだ笑みの残ったほっぺと共に珈琲の香りを求めて顔を上げる。

誰かのために、を日常に。

まずは「誰かのために」も「社会貢献」も、この手で触れられるくらいの距離感で、実際に触れて感じて味わうところから始められたなら。そしたらきっともっとすんなり仲良くなれる。そんな風に思わせてくれる場所を私は、下町の路地の先、大きな金属扉の向こう側で見つけた。

著者 小山 将平
未来の手紙カルチャーブランド『自由丁』オーナー。東京蔵前に実店舗を構え、一年後の自分へ送れるレターセットや手紙の月一定期便など、既存の枠に収まらない様々な言葉や手紙の商品、企画を行う。毎日自由丁ウェブサイトにてエッセイ『今朝の落書き』を執筆する傍ら、クライアントワークとして、珈琲と小説の定期便『ものがたり珈琲』のテーマ・小説監修、ノンアルコールドリンク『SHINRA』の四季毎のエッセイ企画・執筆等、ブランドイメージを表現する言葉のデザイン/ワードデザインにも多数取り組む。
コーヒーについて
今回のコーヒーは、ふと、誰かのために想いを巡らせる時に、ゆっくり自分の気づきにフォーカスができるような深煎りのブレンドにしました。穏やかな焙煎でゆっくりと焼くことで、チョコレートやナッティ系の味わいの後に、スモーキーな余韻を楽しむことができます。苦味が少なくスッと体に染み込んで心を落ち着かせてくれるブレンドです。
ホステルについて
Cocts Akihabaraは、泊まるだけで社会貢献ができる宿泊施設です。
くつろぎの空間に、"誰かのため"のきっかけを散りばめています。
少し変えたら、少し誰かを助けられる暮らしのアイデアと、
社会に目を向けるきっかけを与えられる空間を目指していきます。

「これなら私にもできるかも」を、私たちと一緒に探してみませんか。

〒111|0053
東京都台東区浅草橋5|2|7
Cocts|AKIHABARA|
ものがたり珈琲
Instagram Twitter



左矢印